私は幸せなファンである
早いもので出産して1年2ヶ月ほど経つ。
ふにゃふにゃ泣いてばかりいた我が子も、今では夜中親に足蹴りを食らわすわコードを引っ張るわご飯寄越せと主張するわ未使用おむつを部屋中にばらまくわ、非常に活発になっている。喜ばしいことである。
当たり前だが、出産前と後では、生活がガラリと変わった。
歌番組や冠番組でパンパンだったレコーダーは、今では子ども向け番組で溢れかえっている。
以前はフットワーク軽く、自由に地方を飛び回り遠征を楽しんでいたが、今行くとすると泊まり無しで行ける関東の公演になんとか入るのみ。
時間もお金も制限がある状況で、なかなか自分の自由に物事を進めることは難しくなっている。自分でもそれは納得している。
私が最後に思いっきり入れたコンサートは、2024〜2025年の「PULL UP」。
もしかしたら、薮担、そしてJUMP担としての自分は、PULL UPで止まってしまっているのかもしれない。
恥を忍んで綴るが、この1年程、JUMPのことは2割くらいしか追うことができていない。
追おうとすれば、時間なんかかき集めればできたはず。なのに、どうしてもエネルギーが向かなかった。
Ssay東京公演1日目が、私がJUMPの供給を受ける久々の機会だった。
楽しかった。好みの演出・構成だった。たくさん笑った。たくさん感動した。
でもなんだろう、今までで一番胸が痛くなったコンサートだった。
変わる歌割り、
変わるネガファイコール、
7つの「!」マーク。
元々自分は、どちらかと言えば「薮くんさえいれば」タイプだったと思う。
それなのに、自分でもびっくりするくらい、変化が受け入れられていない自分に気づいた。
それはそうだ。だって、これは自担が「出会えてよかった」と語る大切なグループなんだもの。
8人体制のHey!Say!JUMPが大好きだった。もう箱で推したりなんかするものか、と思っていた私が、久々に「このグループが好きだな」と思えたグループ。
儚いことなんかちゃんとわかっていたはずなのに。見えているものは、氷山の一角であることも。
夢見てしまった。永遠を。信じてしまったから。
でもアイドルがそう信じさせてくれるって、実はすごく幸せなこと。
そして、信じたことを何も後悔していない。
そう思わされた私は、とても幸せなファンなのである。
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ちなみに、ここまでの文章を綴っているのは、12/29の東京1日目の終演後である。
1年間ほぼJUMPのこと追いつけていないからだと思う。他のファンがとっくに前を向いているというのに、一人全く受け入れられていなかったのは、1年間ほぼJUMPのこと追いつけていなかったからだと思う。
2公演目、私のラスト公演である12/30公演は、時々胸は痛むものの、前日の私は一体なんだったんだ、と思うくらいすっきりした気持ちで臨むことができた。文章にすることで心の整理ができ、前を向くことができたのだと思う。本当に遅くなりました。
2026年は自分のペースを維持して、この趣味を大切にしていきたい。
いよいよ20周年が目前に迫ってきた。私はまた、薮くんとHey!Say!JUMPを信じようと思う。